猫雪晴の本箱

つれづれなるままに本の感想を紹介

水に囲まれた町で起こる不穏な物語【月の裏側】恩田陸

暑い夏には心がひんやりする物語が読みたくなりますね。こんにちは。猫雪晴です。

 

今回紹介するのは恩田陸さんの「月の裏側」です。ファンタジー、SF、青春ものなど、多彩な物語を紡ぎだす恩田陸さんの、ややホラー色強めの作品です。恩田さん=「夜のピクニック」や「蜜蜂と遠雷」を想像する方には、かなりイメージが違ってビックリされるかもしれません。暑い夏にはちょうど良いかもしれませんね。

 

こんな人に読んでほしい

 

・不気味な雰囲気に浸りたい

・恩田さんの違う魅力を感じたい

・マイノリティとマジョリティについて考えたい時

 

 

あらすじ

 

水路が張り巡らされた九州のとある町で、失踪事件が3件連続して発生した。しかも皆が皆、ある日突然何事もなかったかのように戻って来た。しかし失踪中の記憶を無くしたまま…

水に囲まれた町で不気味に蠢く気配と、失踪の謎。消えた人間はどこに行っていたのか?物語が進むにつれて、単なる失踪事件ではないと分かってくる。何食わぬ顔で戻ってきた住人たちは、果たして本当に元のままの人間なのか?それとも“別の存在”にすり替わっているのか?

事件に興味を持った元大学教授・協一郎を中心に町の異変を調査し始める…

 

感想など

冒頭にも書きましたが、恩田さんの作品の中でもホラー寄りの作品です。でもあからさまなホラーという訳では無く、少しずつ、でも着実に降りつもる雪のように不気味さが心に積み重なっていくような物語です。あるいは、水がひたひたと少しずつ心の中に浸み込んでくるような感じです。

 

この物語には探偵役らしい探偵役がいません。住民たちへの取材や証言を通して失踪の謎について少しずつ迫っていくので、断片的にしか情報が入ってきません。民俗学のフィールドワークのような感じが、物語のアクセントになっています。

 

物語の後半、記者・高安が記録したボイスメモ(?)の内容を書いた部分が、客観的であり主観的でもあって、恐怖を倍増させていて印象的でした。

 

住人たちの失踪の謎を追っていくうちに、やがて明らかになっていく秘密。それを知った時に登場人物たちはどのように行動していくのか、と言った展開も魅力です。

 

そして失踪の謎が明らかになってくる後半からは、少し方向性が変わっていきます。自分はマイノリティなのか、はたまたマイノリティなのか。自分という存在の意味を問いかけるストーリーに考えさせられます。

気が付いた時には不気味という水に囲まれていて、もう手遅れになっている。でもその水が引いた時には、どこか晴れやかなラストが待っている。そんな作品です。

印象に残った言葉など

 

真実は男のものだが、真理は女の中にしかない。男はそれを求めて右往左往するだけだ。

言葉が違うということは、その人間が異分子であるということを如実に示してしまう。(中略)共同体に馴染むには、その共同体の言葉を覚えるのが有効であるのは自明の理である。(中略)しかし、難しいのは、早すぎてもいけないことである。

人間というのは、どんな状況でもフィクションを心のどこかで待ち望んでいるらしい

 

「恐らく、この世界というものがー私は別に神の存在を信じているわけではないが、それに類する何かの力というものはあると思うー秘密や真実を見せる人間を限定しているのだろうね。いわゆる、天才や異端と呼ばれてきた人たちだが、その秘密を与えられる代償を払える人間だけが秘密をそっと教えてもらえる。」

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

また素敵な本と出逢えますように。