誰もが心に庭を持っている【裏庭】梨木香歩
こんばんは。かなり久しぶりの投稿となってしまいました。10月になってからは初めてですね。マイペースに読書はしていますが、なかなか記事にできずにいました。
本日紹介するのは、梨木香歩さんのファンタジー小説「裏庭」です。
こんな人に読んで欲しい
・人間関係が上手くいっていないと感じている
・ファンタジー小説が読みたい
あらすじ
その昔英国人一家が住んでいた洋館は、長い間誰も住んでいなかった為、荒れ放題になっていた。その代わり自然にあふれていたので、近所の子供たちの恰好の遊び場になっていた。
主人公の少女・照美も小さい頃はその屋敷で遊んでいたが、成長するにつれて次第に足が遠のいていた。
照美は共働きの両親から何となく疎外感を感じながら暮らしている。友人のおじいちゃんと話す時間が、唯一心休まる時間だった。おじいちゃんからは様々な物語や、屋敷の秘密の裏庭についての話を聞いていた。ある日そのおじいちゃんが倒れ、照美は導かれるように屋敷に向かう。
そしてそれが少女の壮大な冒険の始まりとなった。
感想など
久しぶりに再読しました。この「裏庭」と言う作品を中学生の時に読んだのですが、私が読書が好きになるきっかけになった本です。幼少期にも好きだった本はたくさんありますが、この作品が所謂児童書ではなくて、初めてちゃんと読み切った大人の小説だったから印象に残っているのかもしれません。児童文学ファンタジー大賞を受賞しているので、児童向けだとは思いますが、それでも当時の私にとって文庫本で400ページの作品を読み切ったことは大きな達成感に繋がりました。
梨木さんと言えば「西の魔女が死んだ」が有名ですが、上記の理由もあって個人的にはこちらの方が思い入れが強いです。
物語は異世界である裏庭での冒険と、現実世界での話を行き来しながら進行していきます。
1人の少女の成長を描いた作品ですが、少女だけでなく、母親や父親、屋敷の持ち主など、周りの登場人物みんなの心の成長を描いた作品だと思います。
照美の「お母さん」ではなくて、「さっちゃん」であったり、「お父さん」ではなくて「徹夫」であったりして、きちんとそれぞれの物語であると言う表現がなされているのが印象的です。誰かにとっての親であったり子であったりではなくて、自分自身が主人公の成長物語と言えます。
成長と言うよりは、むしろ“癒し”の物語かもしれません。
家族を亡くしてしまった悲しみから。戦争で親しき友と離れなくてはならなかった悲しみから。ギクシャクしてしまった家族関係から。昔、一歩踏み出す勇気が持てなかった後悔からーー心の傷を癒していく。
裏庭の世界の3つの藩(国のようなもの)で出会う人物からはそれぞれ、「傷を恐れるな」「傷に支配されるな」「傷は育てていかねばならん」と言われている事から、“傷”が大切なテーマの一つになっていると思います。
色々な“傷”から逃げずに、受け入れて、傷も含めて自分であると理解して、そして癒されていく過程が描かれていきます。
また多くの対比表現が為されているのも印象的です。この点は文庫版の解説で河合隼雄さんも触れています。日本と西洋、生と死、昔と今、現実世界と異世界など、多くの対比が登場し、物語に深みを持たせています。
中学生当時は、面白いファンタジーだと言う印象でしたが、大人になった今読み返すと、たくさんの要素が盛り込まれている壮大な話であるなと感じました。
正直、感想に書ききれない内容ですが、どの登場人物にも感情移入できますし、冒険ファンタジーとしても、また心の成長物語としても読むことができる、懐の広い作品です。
「西の魔女が死んだ」を読んで感動された方に是非読んで欲しいです。
印象に残った言葉など
パパとママは真面目に生きてるけど、誇りをもって生きていない。楽しんでもいない。光に向かうまっすぐさがない。それは子どもにとってはどうにもならないやりきれなさだ。
そういう『常識的』な言葉を使うとき、さっちゃんは、何か虚しい気がすることもある。言葉が上滑りしていく感じだ。でも、場合によっては、何か守られている感じがすることもある。
「うわべだけの服は、存外便利で役に立つこともあるんだ。うわべがしっかりしていれば、その中に隠れて休むこともできる。ーー本人に分別があればの話だが」
「真の癒しは鋭い痛みを伴うものだ。さほどに簡便に心地よいはずがない。傷は生きておる。(中略)真の癒しなぞ望んでおらぬ。ただ同じ傷の匂いをかぎわけて、集いあい、その温床を増殖させて、自分に心地よい環境を整えていくのだ」
「薬付けて、表面だけはきれいに見えても、中のダメージにはかえって悪いわ。傷をもってるってことは、飛躍のチャンスなの。だから、充分傷ついている時間をとったらいいわ。薬や鎧で無理にごまかそうなんてしないほうがいい」
「真実が、確実な一つのものでないということは、真実の価値を少しも損ないはしない。もし、真実が一つしかないとしたら、この世界が、こんなに変容することもないだろう。」
最後まで読んで頂きありがとうございました。
また素敵な本に出逢えますように。
【本とわたし】読む本を選ぶ
こんにちは。猫雪晴です。
本日も本にまつわる話をつらつらと書いていこうと思います。
皆さんはどんな風に読む本を決めていますか?
好きな作家さんが居て、新刊が発売されるのを心待ちにしている。
本屋さんでふと手に取って、ビビッと来た本を読む。
勉強の為に本を読む。
本棚の中でずっと眠っていたけれど、ふと読んでみようと言う気持ちになった。
きっと十人十色の基準やタイミングで、読む本を決めていることでしょう。本好きの方々は、積読本も多いでしょうから、その中から読む本を決める!と言うパターンも多いかもしれませんね。
私はと言うと、その時々で異なりますが、現在は2つの基準で読む本を決めています。
①あるテーマ等を決めて、それに沿って決める
②書店やSNS等で話題の本を選ぶ
①に関しては、その時々で関心のあるテーマや興味のある分野を決めて、関連する本を複数冊購入して読み進めていく方法です。(例えば、IT社会・少年犯罪・宗教など)
テーマに関する本を複数冊読むことによって、その分野に明るくなり、関連する事柄への理解が深まります。似たような内容が繰り返し出て来たりする場合、それが重要な内容なのだと気づく事が出来ます。
また続けて読む事で、脳がそのテーマを知りたいモードに切り替わるので、理解力が高まる気がします。関連するキーワードが頭に入っているだけで、内容が理解しやすくなります。
やや勉強や自己の視野を広げる為、と言った意味合いが強い選書方法かもしれませんね。
2021年9月現在、ちょっとテーマ読書からは外れてしまいますが、「江戸川乱歩賞受賞作品」を読んでいく!と思い立って読書しています。少しずつ受賞作の読書感想も投稿していこうと思いますので、興味のある方はそちらもご覧くださると幸いです。
他の文学賞受賞作品も気になりますね。
テーマを決めて読むことは、読書のモチベーションを高める事にも繋がると思います。
②は話題になっていたり、誰かがオススメしているものを読むという事です。
InstagramやTwitterで読書アカウントを持っているので、同じく読書好きな方のアカウントをフォローしています。ただ眺めているだけでも、たくさんの本の情報が流れてきます。
多くの方が紹介している作品は当然気になります。でも一番は、丁寧な感想であったり、興奮したレビューであったりを見かけた時です。
もしかしたら、自分には合わない作品かもしれない。でも誰か1人の心に衝撃を与えたのであれば、きっと何らかの力を持った作品だと思います。
スマホのメモ帳などに気になる本をメモしておいて、購入予定リストを作っています。
①は自分自身が興味を持った本で、②は誰かに影響を与えた本と言い換える事もできますね。私は複数冊同時に読み進める派なので、選ぶ本の内容やジャンルがあまり被らないように意識しています。
無数に存在する本の中から、どうやって読む本を見つけようか迷っている皆さんは、今回紹介した方法を参考にしてみてください。
読書上級者の皆さんは、自分の思う道を突き進んでくださいね。
日常系ビターミステリー【本と鍵の季節】米澤穂信
こんばんは。台風一過で良い天気となりました。9月も後半に入り、あっという間に季節が流れていきますね。
本日紹介するのは、米澤穂信さんの「本と鍵の季節」です。日常ミステリーの名手がおくる、新たなコンビによるミステリー作品です。
価格:1,540円 |
こんな人に読んで欲しい
・日常系ミステリーが好きだ
・米澤さんの古典部シリーズにハマった
・図書委員をやったことがある(やっている)
あらすじ
高校二年生の僕(堀川)と松倉の2人は共に図書委員として活動していた。それも利用者がほとんど居ない、図書館らしからぬ図書館の。利用者は居ないものの、淡々と仕事をこなす2人。
図書委員としての繋がり以外は特に関係性の薄い2人が、ひょんなことから様々な謎に挑むことになる。開かずの金庫を開けるために奮闘したり、自殺した生徒が最後に読んでいた本を探し出したり…絶妙な距離感の2人が織りなす、日常系ミステリー。
感想など
今年6月に文庫化もされた作品です。全体的に緑色の装丁が目を惹きます。
本と図書館がテーマで、そのうえミステリーと言えば、本好きにはかならず刺さるであろう題材ですね。
そう言えば、私も小学生の頃は図書委員だったことを思い出します。小学生だったので、仕事らしい仕事はそれほどしていなかったと思いますが…
図書委員の2人が主人公ですが、事件自体は図書館内では起こりません。依頼されたりしながら、学校外に繰り出します。しかし、図書委員としてのスキルや知識を使いながら真実に迫っていきます。その展開が実に小気味良いのです。
公共の図書館はたまに訪れますが、学校の図書館は利用しなくなって久しいので、何だか逆に新鮮さを感じました。閑散としている図書館で仕事をこなしながら会話をする中で、新たな事件が舞い込んできます。
ところで米澤さんの小説と言えば、古典部シリーズ(「氷菓」から始まる、アニメ化などもされた人気シリーズ)や小市民シリーズ(「春期限定いちごタルト事件」など、目立たず人に迷惑を掛けないことをモットーに生きる主人公の物語)の様に、「コンビ」が日常に潜む謎に挑む物語のイメージが強いですね。
上記の2つのシリーズでは男女のコンビですが、今作は男2人によるコンビです。登場人物の会話が魅力の米澤作品ですが、2人の距離感が近くもなく遠くもなくといった具合で、ちょうど良い気がしました。お互いの領域に踏み込みすぎないと言う点がなおさら。
事件に対する2人の立ち位置に関しても、2人ともホームズの様でもあり、2人ともワトソンの様でもありと言った感じです。熱くなりすぎず、ただ淡々と謎に向き合っていく内容がじわりじわりと染み込んでいきます。
決して大きな事件が起こるわけでは無いですが、意外な事実が明らかになって、アッと思わされます。そしてほろ苦い要素が強い印象です。ピリ辛ではなく、あくまでも“ほろ苦い”のがポイント。
最近江戸川乱歩賞作品を読んでいて、重めな内容が続いていたので、良い息抜きになりました。良いですね、日常ミステリー。
印象に残った言葉など
「情報ってのは『差』だ。真っ白な紙にはなんの情報もない。完全に規則正しく黒い点を打っても、やっぱり情報にならない。ある場所には多く、ある場所には少なく点を打ってはじめて、それは情報になる」
「どんな立派なお題目でも、いつか守れなくなるんだ。だったら、守れるうちは守りたいじゃないですか。」
人には心というものがあるんだ。ほかに方法がなければ仕方がないが、必要もないのに人前で恥をかかせるような言い方をしては、可哀想だろう。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
また素敵な本に出逢えますように。
【本とわたし】本屋に行ったら
こんばんは。また夏の暑さが復活したり、台風が接近したりとめまぐるしいですね。何だか冒頭の挨拶で天気の話ばかりしている気がします(笑)
今年は新型コロナウイルス蔓延だけでなく、異常気象にも振り回されている年ですね。
さて、今日もつれづれなるままに、本とわたしについて書いていこうと思います。
突然ですが、皆さんは本屋さんに行ったらどんな風に本を見ていきますか?
新刊コーナーから見たり、話題書・映像化作品コーナーから見たり、さまざまだと思います。購入したい本があって、それを探す場合もありますね。
私はと言うと、目的を持って本屋さんに行くことは稀で、大抵は何か良い本は無いかな?と思いながらお店に入ります。
新刊コーナーを見た後、平台(棚の端など、話題のものや売れているものが置いてあるスペースです)をチェックして、各棚を見ていきます。
気になるタイトルの本があったら、手に取って装丁やあらすじを見てみます。タイトルや装丁って大事ですよね。内容がいくら面白くとも、タイトルや表紙に惹かれなければ手に取ることはありません。大事です。
最近は装丁や装画の雰囲気が変わってきたなぁと感じます。
イラストが多く使われていたり、使われている色が鮮やかだったり。(個人的には、抽象的な絵や、パッと見では内容がよく分からない装画が好きです。想像力を掻き立てられますよね)中にはタイトルは面白そうだったけれど、中身はイマイチだったと言う場合もありますが、大抵優れた作品はタイトルも興味をそそられます。
本との出会いは一期一会と良く言います(本当に言うかは分かりませんが、私の勝手なイメージです)。あるいは「本は私たちと出会うために待ってくれている」…とも。素敵な表現ですね。
毎日数えきれない本が出版されている中で、一冊の本に出会うことは偶然だと思います。総務省によると、令和元年では年間71,903冊もの書籍が出版されているそうです(一日あたりに換算すると、約197冊!)
もちろん人気作家さんの本や、映像化などで話題の本は出版部数も多いので、多くの人の目に触れると思います。
ですが、そんな人気ものの影に隠れて、多くの本は人の目に触れることの無いままで居ます。当然書店のスペースには限りがあるので、日の目を見ないまま返品…となることも多いわけです。
だからこそ、一冊の本に出会えるのは運命と言っても良いと思います。
また本との出会いは、我々の精神状態やその時置かれている状況、興味関心に大きく左右されます。せっかく素晴らしい作品が目の前にあったとしても、我々にそれを受け入れる準備が整っていなければ、手に取ることはないと言うわけです。
逆に言えば、何年か前には気にも留めていなかった本が、急に気になって手に取ってしまった、と言うことがあります。それは出会う準備が出来たと言えるのではないでしょうか。
だからこそ、その時手に取った本との出会いを大事にしたいですね。
「タッチアンドバイ」(手に取ったら、迷わず買う!)をこころがけたいと思います。
なにせ、その時に買わなければ、その後もう2度と出会えない本もあるわけです。古本であれば、なおさらそうですね。引っ掛かりがあったら、気になったら、目に留まったら、迷わず買うのが良いと思います。
私は正直ひねくれものなので、話題になっていたり売れている本は敬遠してしまいがちです。話題になった何年か後に読むことが多いです。
しかし、ブログやインスタなどを始めてからは、なるべく話題になっている時に読もうと心がけるようになりました。
話題になるからには、それなりの理由があるからと思うからです。また、売れている本を見ていくことで、今の時代の流れや、求められていることがわかる気がします。
また、単に売れ筋や人気作品を並べたコーナーだけでなく、書店員の方が作ったおすすめ本のコーナーや地元作家のコーナーを見るのも良いですね。他のお店ではあまり見かけない本を見かけると、ついつい立ち止まってしまいます。
また書店員さんオリジナルのPOP(本の紹介やおすすめポイントを書いたカードのようなもの)を眺めるのも好きですね。もちろん出版社さんが用意した公式(?)のPOPも良いですが、書店員さんの想いのこもったものを見かけると嬉しくなりますね。
皆さんはどんな観点で本屋さんを巡りますか?
感情が無ければ生きられないのか【脳男】首藤瓜於
こんばんは。猫雪晴です。急な雨が続いたり、寒い日が続いたりしていてなかなか安定しませんが、今日は何だかいい天気でした。貴重な晴れ間を活かして、久しぶりに布団を干しました。住環境を整えることも、読書には大切なことですね。
さて本日紹介するのは、第46回の江戸川乱歩賞を受賞した首藤瓜於さんの「脳男」です。タイトルからして、引き込まれてしまうような内容ですね。
こんな人に読んで欲しい
・江戸川乱歩賞受賞作品を読みたい
・感情や心について興味がある
・天才と犯罪というワードに痺れる
あらすじ
刑事の茶屋は、巷を騒がせている連続爆破事件を追う中で、犯人のアジトを突き止めていた。慎重に準備を重ねて突入したものの、あと一歩のところで犯人を取り逃してしまう。代わりに、共犯者と目される男が逮捕された。鈴木一郎と名乗るその男は、他の爆弾の設置場所を証言したものの、奇妙なことに感情が欠落していた。
彼の精神鑑定を依頼された医師・真梨子は、鈴木一郎に興味を持ち、彼の生い立ちに迫ろうとする。心を持たない男の心を探る中で、ある事実に行き着く。
一方、逃げ出した連続爆弾魔によって病院が占拠され、次々と爆破が起こってしまう。爆弾魔は誰なのか?そして鈴木の本性とは?
感想など
第46回の江戸川乱歩賞を受賞した作品です。2013年には生田斗真さん主演で、映画化もされたようです。私が読んだ文庫の帯にも映画の宣伝が載っていました。
今作は、感情を持たないが学習によって感情“らしさ”を獲得した男の話です。それだけを聞くと何のことやらと言った感じですよね。
いわゆる「感情表出障害」という脳の障害を生まれつき持ち、感情が欠落している男の話を軸に、爆弾魔による爆破事件が絡み合いながら物語が進行していくと言った内容です。
ところで普段私たちが無意識に出している“感情”とは、どこからくるのでしょうか?
脳から?心から?それとも身体から出てくるものでしょうか。
私達人間は、感情がなくても生きていけるのでしょうか。本作では、「感情が無い=基本的な欲求が無い」と書かれています。興味関心もなければ、生への欲求も欠落しているということです。そんな人間が生きていくと言うことはどういうことなのでしょう?一種の思考実験的な側面がある内容です。
我々が当たり前に感じている心や感情。
それは自分自身を形作る源といっても良いでしょう。そんな自分自身の存在を保つ源が無い状態とは、どんな状況なのでしょう。非常に興味をそそられました。
本作は脳科学、精神科学、心理学など様々なアプローチで人間の神秘について迫っていく内容なので、大変勉強にもなりました。
中でも印象に残っているのは、主人公の1人である医師の真梨子が親友の医師とやりとりする内容です。
「人間にとって感情というのはなんなのか」という問いに対して、物質の原子をまとめている力と同じように、自分という「自我」を一つにまとめている力が「感情」だと答えています。感情表出障害の人たちは、感情の代わりに約束やルールと言った規則を守ることが自我をまとめておく方法なので、ルールから逸脱してしまうと自分を見失ってしまう恐怖に駆られると書かれています。
今回は感情とは?という観点から感想を書きましたが、爆弾魔に迫っていくというエンタメ小説としても大変面白い内容です。
最後は少し尻切れトンボな感じがしたのですが、続編があるようですね。
同じく講談社文庫から「指し手の顔 脳男II」が上下巻で刊行されています。
印象に残った言葉など
「脳神経医学は死と戦うための医学、精神医学は生と戦うための医学、ですわ」
痛みを手放さないこと。分散させず一本の糸のように撚り合わせること。いまから思えば、痛みを手放さないことは、自己を規定している唯一のしるしを手放さないということに等しかったことがわかる。痛みを手放してしまえば自己を見失ってしまうことになる、という本能的な恐れ。
「人間はいろいろな経験をし、さまざまなことを学んでいるつもりになっているが、実は必要という文脈で取捨選択をしているだけだということだ」
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
また素敵な本に出逢えますように。読書シーズンの秋が近づいて来ていますね。
【本とわたし】読書と記憶について
こんばんは。猫雪晴です。先日まで猛暑が続いていた気がしますが、一足飛びで秋がやって来た感じですね。
最近まとまった読書時間が思うように取れていない為、読書について思う事をつらつら書き連ねてみようと思います。
突然ですが、皆さんはどんな場所で、どんなシチュエーションで本を読みますか?
カフェでゆっくりしながら。待ち合わせの合間に。図書館でじっくり。寝る前のひと時に。
リラックスして。片手間に。とても集中して。立ったまま。座ったまま。寝転びながら。
人それぞれ様々な本を読むシチュエーションがあると思います。ちなみに私は通勤中の電車内で読む事が大半です。さらには、座って読むよりは、立ちながら読む方が集中出来ます。座ってしまうと眠くなってしまうからです(笑)電車の揺れは眠気を誘いますよね。
座って読んでいても眠くならずにのめり込めたら、それはかなり面白い。そんな基準を勝手に持っています。
(脱線しますが、一時期電車内の読書人口が減ってしまったなぁなんて思っていましたが、最近また増えたような気がします。見上げたら車内全員スマホに釘付けと言った状態から、ちらほら紙の本を読む人が見受けられます。コロナ禍の影響もあるのでしょうか。いずれにしても、読書好きとしては嬉しく思います。)
どんな場所でどんな風に本を読んだかという事は、読書の内容自体にはあまり関係が無いように思いますが、私は案外「どんな場所で、どんな風に読んだのか」は大切な要素な気がしています。
匂いは記憶と結びついていて、懐かしい故郷の匂いを嗅ぐと子ども時代の記憶が甦ってきたり、香水や柔軟剤の匂いで恋人との思い出が甦ってきたりと言う話があります。(私は科学に詳しくは無いので詳しくは分かりませんが、思い当たる節はたくさんあります)
読書の場合も、匂いの場合と同じようだと思うのです。
本棚にある本のタイトルを見た時、
「あぁ、これを読んでいたときは失恋したばかりだったな」
「忙しくてしんどかったけど、この本に救われたなぁ」
「小学校の図書館で読んだな」
と言った具合に。
私は数年前、入院していた事があるのですが、その時に有川浩さんの「キケン」を読みました。今でもインスタやTwitterで「キケン」のタイトルや装丁を見掛けると、その時の記憶がバッと甦ってきます。
もちろん本の内容や登場人物に救われたなぁと言う事はあります。
でも内容云々よりも、その本を読んでいたシーンや周りの様子がふっと脳裏に思い出されると言う事です。
タイトルや表紙だけでなく、主人公と同じ名前を見掛けたり、物語の舞台に近い場所を訪れたりと言ったキッカケもあるかも知れません。
そんな記憶が甦ってくる状況が私は好きです。無理に思い出したり、狙って思い出そうとしてはダメです。あくまでも偶然に、ふっと甦ってくる、それがミソです。
本は読む前も読んでいる間も、読み終わった直後も楽しめます。でも時間が経った後に、封じ込めていた昔の記憶を一緒に連れてきてくれる…そんなところも読書の魅力かもしれません。
本日は読書と記憶?の話をつらつらと書いてみました。あなたの記憶と結びついている読書体験はなんですか?
真の更生を問う【天使のナイフ】薬丸岳
こんばんは。少し久しぶりの更新となります。まだまだ暑い日が続いていますね。本日紹介するのは、第51回江戸川乱歩賞を受賞した薬丸岳さんの「天使のナイフ」です。
価格:924円 |
こんな人に読んで欲しい
・江戸川乱歩賞受賞作品を読みたい
・少年犯罪について考えたい
・犯罪から更生するとはどういうことか考えを深めたい
あらすじ
幼い娘を残して、妻を殺されてしまった主人公・桧山。しかし犯人は13歳の少年たちだった為、罪には問われず、そして加害者の情報も伏せられたままだった。桧山は仕事と子育てに打ち込み、事件を忘れようと必死に生きるほかなかった。
しかし4年後のある日、加害者少年の1人が殺されてしまい、事件の歯車が再び動き始める。何者かの思惑によって、桧山に疑いがかかってしまう。真実を求めて奔走する桧山と、加害少年達の気持ち、そして周りの人間達の心情を丁寧に描いた作品。
感想など
第51回江戸川乱歩賞を受賞した作品です。読書好きの方が多くおすすめしていたので、気になっていた本です。
話の舞台が、先日偶然訪れていた埼玉の大宮公園や氷川神社近辺であったので、イメージし易かったです。訪れた直後に読み始めたので、びっくりしてしまいました。偶然ってあるんですね。
海外や全く知らない土地の物語も面白いですが、身近な場所を舞台にした物語は親近感が湧いて、一気に心の距離が縮まる気がします。
本作品のテーマは『少年犯罪者は更生できるのか』
そして『被害者遺族たちの苦悩』です。
何らかの罪を犯した人間は、何をもって更生したと言えるのでしょうか?そして上辺だけではない、“本当の更生”とはいかなるものなのでしょうか?
薬丸さんは、少年たちに妻を殺されてしまった夫の目を通して、この重たくも難しいテーマに挑んでいます。何より薬丸さんのすごいところは、簡単には答えの出ないテーマから逃げずにとことん向き合っている点です。
一方的な意見の押し付けをする事なく、そして簡単には結論を出しません。様々な立場の登場人物を通じて、多面的にこのテーマにアプローチしている点が良いと思います。
少年犯罪の厳罰化を求める声。少年たちを守り、将来に向けて更生の道を作る法律。以上の大きな2つの意見だけでなく、その他多くの考え方が登場します。自分だったらどう感じるだろうか?登場人物たちそれぞれの立場に立ってみて、考えるのも良いかもしれません。
立場や見方、置かれた環境が違えば意見も違ってきます。
自らの犯した罪から決して逃げず、謝罪の気持ちを持ち続ける。簡単には更生したとは言えない。悩み苦しみながら生きる事が真の更生だ…そんなメッセージを受け取りました。
上記のテーマを考えるきっかけになるだけでなく、二転三転する多くの謎が隠されている小説でもあります。エンタメ小説としても読み応え十分な一冊と言える作品です。
印象に残った言葉など
失ったものは何があろうと戻ってくることはないが、被害者側の苦しみを多少なりとも癒せるのは、もしかしたら加害者本人だけなのかもしれない。
これから自分がどう生きていくかという前に、自分が犯してしまった過ちに、真正面から向き合うということが、真の更生なのではないだろうか。そして、そう導いていくことが本当の矯正教育なのではないかと。
人生につけてしまった黒い染みは、自分では決して拭えないとな。少年だろうと、未熟だろうと、自分で勝手に拭っちゃいけないんだ。それを拭ってくれるのは、自分が傷つけてしまった被害者やその家族だけなんだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
また素敵な本と出逢えますように。